自分の幸福が他人の幸福につながっている件。
子供、家族、その他、大切な人の幸福を願うのであれば、やっぱり自分が幸福になることが重要なのではないかなと気づいた。
自分がその人の人生に介入して、その人が幸福になってくれる。それこそが自分の幸福の一つなのだと。
先日、私の母親が「私の人生すべて間違いだったんじゃないかと思う」と言った。
私はひねくれているので以下のように思った。
「私のことも間違いだったんだろうか」
「私がいたから母はなにか選択肢を強制されたんじゃないだろうか」
それは、自分の存在意義に揺らぎがでてしまうのと一緒で、結構なショックを受けた。頭では「自分の人生は自分ですべて決めるから、私がどうたらという話ではないよな」とわかっているけれど。
私の母が「私は十分に幸せ」と嘘でも言ってくれれば、きっと
「私を産んで良かったと思ってくれたのかな」
「私も母の幸福の一つになれたのかな」
と想像できたかもしれない。
大切な人ほど、長くそばにいた人ほど。その人を幸福にしたいのであれば、自分が幸福になること。幸福だと信じること。納得すること。
それが、結局その人の存在を認め、「私はここにいて良かった」と思ってくれることになるんだと思う。
幸福なことも、不幸なことも、まるで波のように寄せては返してくるから、そんなにうまく心を整理することなんてできないけど。
でも私は、娘に幸せになってほしいと思う。生きていてよかったと思ってほしい。だから、私も「娘がいる人生は幸せだ」と思えるように、幸福になっていきたい。
いつまで待てばいいんだろう
1歳3ヶ月。修正1歳2ヶ月になった。
忍び寄る「1歳半」の壁。あともう少しと思うけれど、子供の3ヶ月の大きさは子育てをしてようやく理解してきた。
娘は胎児発育不全で生まれた。1600g台で生まれた。
だから、まだ様子見。私も周りも「小さく生まれたから」と言う。
でも、いつまでこれが続くんだろう?
小さく生まれても発達が追いついている子はたくさんいるのに。
そりゃあ普通のg数で生まれた子よりは、まだ少し言い訳がきくのかもしれないけれど。
娘はずっと-3,4ヶ月というところをずっと推移している。
10~11ヶ月のかんじ。オンライン指導を受けているPTの方からもそう言われた。
身長もまだ成長曲線に入ってない。
いつまで、いつまで走らされるんだろう。ゴールはどこなんだろう。
走っても走っても、ゴールテープは見えてこない。距離が縮まらない。
医学的にはおそらく2歳なのだろうことは頭ではわかっているけれど、まだ言葉一つ話せない我が子を見ていると、胸が苦しくなって涙が出てくる。
コンフリクトしてると言われた話
夫と喧嘩した。私は離乳食になるとすごく感情的になったり、発達の遅さが気になったりするから、私が悪い。
先日保育園から「後期食になるにはもう少し大きめなものを噛んで飲む練習をしてきてください」と言われた。それに焦って、急に大きめの食材を試し始めた私。うまく食べられない娘。イライラする私。それを諌める夫。はい、私が悪いです。
夫はそんな私に対して「発達に追いつきたい気持ちと実態がコンフリクト(衝突)してる」と言ってきて、あまりに核心をついた言葉に愕然とした。
実際問題、娘は一歳二ヶ月だけどおおよそ10ヶ月程度の成長だと思っている。遠城寺式の発達検査に当てはめてもそうなるし、実感としてもそう。
そりゃあ後期食なんて夢のまた夢でした。
それでも、口の動きは発語に影響するし口の筋肉は弱そうだし(事実娘はいまだに涎が多い)、どうにか追いつきたい私の気持ちが娘を大変な目にあわせてしまった。夫にも嫌な気持ちを抱かせてしまった。
自分の焦りと矛盾が良くない影響を及ぼしていると実感した。
この件の解決策としては、離乳食の方針は全て夫に任せることにした。手づかみ食べをどう促すのか、スプーンフォークの話、後期食への移行、味付けの度合い…。いろんなことを考えるのに疲れたし、こういうことに見返りを求めるのが悪いので、いっそ手放すことにした。うまくいかないと私の方針のせいだと自分を責めることもなくなるし、夫に注意されて「なんでこんなに考えてるのに何も知らずに…」なんて被害者面してしまうこともなくなる。
夫は娘の10ヶ月の成長である以上、後期食には移行しない、とした。私は了承した。
結局のところ、娘の発達の遅さを受け入れようとしても、まだまだやっぱり受け入れられないみたいで、どうしようもないなと思う。いつになったら何も期待せずにいられるんだろうか。
「勝手に育ってくよ子供は」なんてアドバイスをもらうこともあったけど、勝手に育つ雰囲気はなく、実際にリハビリに行ってサポートを受けている以上、それは娘には当てはまらないと思っている。そちらは勝手に育って良かったですね。
なにも期待せず見返りを求めず、ただ子どもの今を愛してあげたいんだけど、どうにもうまくいかない。どうにか追いつきますようにと、ずっと祈ってるほかない。
保育園懇親会
先月の終わり、4月から通い始めた保育園の懇親会があった。
同じ0歳児クラス5名の保護者と担任の先生との座談会のようなもので、私は何度も頭の中で
・娘は4月生まれだけど小さいです
・小さく生まれました、発達も遅いです
・ゆっくり見守っていただけると嬉しいです
という自己紹介を反芻しながら臨んだ。
当日、すごく良い保護者の方と朗らかな先生方の空気感によって、私は想像以上にリラックスしてその時間を楽しめた。一人で参加することに正直不安も募ったけれど、自己紹介もうまくいった(と思う)。
やはりこういう場にいくと「みんな大変だよな」という感想を抱く。
上の娘さんが4歳、下の弟さんが1歳の保護者さん。
ふとした会話の流れで、上の娘さんがどうも弟くんに対して強く接してしまうらしいことを話してくれた。
それまでニコニコほわほわとした雰囲気の保護者さんだったのだけれど、上の子の話になった瞬間、確実に瞳の色が濁った。表情が固まっていた。
弟を仕方なく「檻に入れている」という表現もしていた(ベビーサークルのことだと思う)。
言葉選びとその表情から、ああ、相当苦しんでおられるのだと悟った。ベビーサークルも本人が後ろめたいからこその「檻」という表現だと想像してしまう。
さらに帰り道が偶然一緒だった別の保護者さん。
住んでいると聞いていた場所とは違うなあと思っていたら、上の小学校5年生のお子さんを迎えに行くのだと言っていた。
そうか、遠い小学校なのだなあと思っていたら支援学級だからだと教えてくれた。
確かに私も調べたときになかなか辺鄙な小学校に支援学級があったことを思い出した。
ああ、そうだよな。みんな大変だよな。と改めて噛み締めてしまった。
我が子への発達不安を抱えていると、どうしても周りの「できる子」ばかりが目に入ってしまう。
なんで私の子だけなんだろう。なんで私だけこんなに不幸で、あとは幸せそうなんだろうって。
周りが眩しくって、どうしようもなく悔しいから更に孤独に陥ってしまって、「私は貝になりたい」なんて気持ちになって、そっと自分の殻に閉じこもる。
けれど、その殻を開けてちゃんと目を凝らすと、実は「幸せ」などという一般論は非常に曖昧なもので、かつ他の人もそれぞれのその曖昧な人生を過ごしていることが垣間見えてくるのだ。
私はそれを懇親会で感じて、正直すごく心がしっとりと柔らかくなった。
今の苦しみがほだされるわけではないのだけれど、やっぱり私だけじゃないのかも、と思うだけで、ちょっと肩の力が抜けることもある。
おわり。
なお上の話は相当にフェイクを入れているので何卒。
最近のことつらつら
最近のことをまとめてつらつら書いてみる。
- 1歳を目前に急に腰が座りだした。
- 割座になるので完全とは言えない。
- なんとつかまり立ちも実績解除。
- ハイハイだけがまだ…リハビリ科ではハイハイを促すよう指導された。
- リハビリ科の回数を増やしたいと言ったけど、増えなかった。そこまで回数なくてもできると思います。って理学療法士さんが言ってくれたので良いことだと受け取った。
- 5,6歩ハイハイするのだけど、力尽きたようにずり這いになる
- 親をよじ登ることを知った。よだれだらけ。可愛い。
- 座りはじめてから一層表情が増えた。
- あまり声を出して笑わない子だったけど、笑うことが増えた印象。
- 手先も出来ることが増えてる気がする。
- 粗大運動、すごい。
- 喃語はでない!
- でも「きゃー」「じぇ」「くぇ」みたいな喉の奥を閉じるような喃語はずーっと喋ってる。話しかけてくる感じもある。
- 少しずつ「◯◯して」に反応してやってくれるようになってる。
- 「パパどれ?」も探すようになった。時折飼い猫を見るけど。
- ようやくストローのみができるようになってきた。まだ練習中だけど。
- 模倣?指差し?なにそれおいしいの?
- 模倣はしそうでしない。
- 指差しもしないけど、目線の先のものを見るので共同注視はたぶんできてる。
- 音楽には乗りません!ニヤニヤはします。
- 保育園の洗礼を受けて4月からずーっと鼻風邪。
- 親ももれなく風邪をもらい瀕死。
- 鼻が詰まる→眠れなくなる→夜泣きのコンボ発生中で瀕死(親が)。
- ついにその流れでうつぶせ寝を覚えてしまった。
- なんなら親のお腹の上で寝ることも覚えてしまった。かわいいけども。
- SNSを控えたらメンタルが安定してる。
- 心療内科で薬ももらうようになった。
- 復職した関係で、福利厚生のひとつであるオンラインカウンセリングも受けられるようになったので早速予約してる。
- 低用量ピルも妊活開始以来復活。快適〜。
- でも「もう全部諦めたいなぁ」と思ってしまって声を上げて泣いちゃった日がある。
- 夫の何気ない言葉に「私だけ焦って頑張りすぎてるように見えるんだなぁ。じゃあもういいか。私だってこんなこと考えたくないし、いちいち娘の一挙手一投足を見守って対応したくない」って思ってしまって、メンタル激落ちくんになった。
- 自治体の発達支援センターにはじめて行った。優しく対応してくれた。「様子見ですね」って言われると思った。
- すでにリハビリ科に通ってるのが決め手っぽい。
- 病院のリハビリ科は修正1歳超えたら基本地域につなげるとのことで、その対応をセンターと握れた。
- とてつもなくスムーズにリハビリを移行できそうで、自分を褒めてあげたい。
- 理学療法士さんには「集団も今後考えましょう。まずは歩けるところまで一緒にやらせてください」と言っていただけた。うれしい。
- でもどこか、「この子には療育は不要です」なんて言ってほしかった自分もいた。んなわけないけど。
- 近所の美容院へ。美容師さんは2児のパパ。近場の保育園に入園が決まったと話したら「じゃあもう就学まで安心安定ですね〜」って言われた。
- そうか、療育のことを考えない人はそう思うんだってカルチャーショックだった。
- 別なところに通うっていう選択肢がそもそも浮かばないのか。
- 復職。パパママチャットルームみたいなのが社内に存在していて、あまりにみんな普通に子育てしてて病みそうになった。
- 高学歴社員が多いので子供もおおよそ高学歴に育つんだろうなぁなんて思ってる。卑屈。
見た目の話
先日、リハビリ科受診のために大病院へ行った。
大病院だからなのか、毎度受診時間が遅れるのがデフォルト。まぁ今日も待つか、と思って待合室に向かった。
すると、一人の女性が電話で話していた。足を組み、前かがみになりながら座っている。服装があまり大病院で遭遇しない感じで、私は驚いた。
スウェットのような素材で、韓国のアイドル練習生が着ているようなラフさだった。上下黒で、上はスポブラのようなタイトさ。しっかりおへそ出しで、下はゆるやかな形のボトムス。
髪型はショートカットのボブ。メガネを掛けて、メイクもばっちり。下まつ毛が綺麗に整っていた。ピアスも少しあったかも。
原宿か渋谷なら馴染めそうな風体なのだけど、いかんせんこちら大病院のリハビリ科待合室。明らかに浮いていた。
リハビリ科の待合室は色んな人が使える休憩スペースの直ぐ側にある。休憩スペースはいつも混雑していて、その雑然とした感じの横にリハビリ科待合室があるので、ちょっとざわざわしている。
私は、電話をしている女性は休憩スペース代わりに使ってるんじゃないかと思った。ちょうどお昼時で空いてる席はない。相変わらず老若男女の声が賑やかに聞こえてくる。
電話をするために、この人はリハビリ科の空いてる席を借りてるんだろう。
でも、聞こえてしまう電話の内容から、すぐにそんなことはないことを理解した。
癇癪、車から出てこない、リハビリ科の予約状況、今日の対応等など。
つまり、おそらくは今日お子さんのリハビリ科受診だったが癇癪を起こして受けられない、といった話だった。
申し訳ないな、と思った。聞こえてくるとはいえ会話を盗み聞きしたことも、なにより、リハビリ科受診に関する人ではないと見た目で決めつけたことを。
数分もすると彼女はため息を付いて電話を切り、颯爽と待合室を抜けていった。
障がい者の親は、どういうイメージだろうか。
私は、「自分を優先してない人」だと思っていたし、今も思っている。
今回のような「見た目の話」で言えば、例えば
・服装は動きやすさ重視
・メイクは薄め
・髪はセットしない、黒色
・太ってるか痩せているかの極端さ
つまり、自分の見た目にあまりコストを掛けていない人。
だってそうじゃん?
毎日子どもの介護や世話で大変なんだもん。
自分のことは後回しでしょ。
という、偏見が今回露呈したわけだ。
あんなに自分らしい服装をしている人が障がい者の親なわけがない。
あんなにスマートな人が特性持ちの親なわけがない。
あんな人が、家族のことで苦労してるわけがない。
そんな最低な気持ちが私の中にあった。
だから、私はあの人を「自分たちの世界の外の人」だと決めつけた。
でもあの人は違った。自分にもちゃんとコストをかけて、自分らしさを大切にしながら、子どもとその周りと関わっていた。
そうか、それは自分次第なんだろう、と思った。
自分を優先するかどうか、それは自分がどうありたいかであって、周りは関係ない。
私はいつしか、子どもに徹する親の像を勝手に作り出しては、「自分は自分を大切にしてはいけない」という呪いを自分にかけて苦しんでいたのかもしれない。
正直、まだその呪いは心にあるけど、でも、彼女の病院での存在感はまだハッキリと覚えているし、羨ましいと思った。
懸命に泣くわが子と愚かな私について
先ほど、娘が就寝中に吐いた。横向きで寝ていたところ、急に仰向けになってバタバタとして泣き、ビシャリと枕元を汚した。私は一部始終を見守りモニターで見て、「吐いた!」と叫びながら急いで寝室に向かった。夫も次いで向かった。
階段を駆け上がりドアを開けると、今までにない泣き方をしている娘が一人寝室にいた。急ぎ電気をつけて、娘を抱き上げる。髪は吐瀉物で汚れていた。
生後11ヶ月にして私達親の知らない泣き方をしていたので、とにかく楽にしてあげたく、縦抱っこしながら服を脱がしてあげた。苦しそうに泣いていた。
一定のリズムを繰り返し泣く娘は、10分もすると落ち着いてきたのか泣きが収まってきた。
少し笑顔も見せてくれたので、私はスマホで「生後11ヶ月 嘔吐」と検索していた手を止めて、夫と二人で深く息をついた。
その少し前、私はまた「検索魔」と化していた。自傷行為のように、娘に関することと障害名を検索する。全体的に発達が遅れているから、もうやっぱりこの子には何かあるんだろうなぁと思ってしまった。次第にその思いが風船のようにパツンパツンに膨らんで、どうしようもなくスマホを手に取った次第。
なぜその風船を割ろうとせず、萎ませようとせず、更に膨らませるような行為をしてしまうのかは謎である。
それからの、娘の嘔吐。娘は懸命に泣いて、私たちに苦しみを教えてくれた。目を真っ赤に腫らして泣く娘は、温かく、脆くて、助けなければと思わせてくれた。愛おしかった。
そんな存在に対し、私がしていることはやっぱりとても愚かで、浅ましいと思う。
この子は圧倒的に自分の人生を生きようとしているのに、私はそれを否定するような感情を持って接している。何も決まっていない真っ白な彼女の人生を、早々に黒く塗りつぶそうとしているのだ。こんなにひどい親が居ていいのか?と自問自答してしまう。
「そんなことないよ」なんて言われたくて今書いているわけではない。書かずにはいられない。そうしないと私の愚かさを正常に受け止められない。少しでも冷静になりたいから、こうやって指を素早く動かし、スマホの画面に文字を連ねていくのだ。
結局のところ、夫の腕でまた安らかに眠りについてる娘を見つめながら、やはり私は自分のことしか考えられていないことが、何よりの私の愚かさである。
娘のために生きたい。いや、正しくは、娘の人生を豊かにすることを考えたい。それなのに、私はまだ、自分の人生のことを考えている。